2016年3月11日金曜日

2016年3月11日のこと

「式典とか行かないでしょ」
「うん、行かないよ」
「俺は仕事あっから」
と電話で毎年毎度の会話をしておいて、今日は朝6時に墓参りに行った。
お寺はすでに鐘を鳴らしながら、供養を始めていて
炊き出しがあって、湯気が出ているお椀を持っている人が数人いた。
テレビ局の撮影も入っていた。

お昼頃、父が帰ってくる。
「仕事の気分じゃなくなって帰ってきた」
いつでも仕事の父が早退とは余程のことだ。
リビングでお弁当を食べて、さっと出かけていった。
14時半には帰ってきて、震災を映さないテレビ番組を探す。
落ち着かない様子だったが、そっとしておくことにした。
そのうち掃除機をかけ始めた。

叔父がふらっと来てお茶を飲んでいく。
叔父とはお盆以来の再会で少し疲れていて悩みがあるようで
「どこかに逃げたいんだよねぇ」と言って帰っていった。

平日だけ父と一緒に住んでいる従兄弟が今日は帰らずいるというので
父が外でご飯を食べようと、お店を予約すると言う。
父のお気に入りの居酒屋で日本酒を飲み、
酒が入らないと話せないような話をして、
おだやかに今日が終わった。
今日が父にとって「結果」楽しい日になってよかった。

普段は気を遣いすぎて話さないことを
居酒屋という第三の場所でざっくばらんにできてよかった。

2011年3月11日からのTwitter

Twitterの検索で限定的に日付を指定できるとわかり改めて見ることにした。

弟や妹の友人もTwitterを通して連絡をくれ、情報を探してくれた。
またTwitterで彼彼女の死について報告した(今は削除してある) 。

映像コースの安否確認もしていて、今見るととても精力的だ。

気をつけて、がんばって、ありがとうを互いにおくり合う十数日。


今日のタイムラインは「黙祷」が羅列しなかった。