2013年2月14日木曜日

23ヶ月と3日目

お盆からの半年の間、
何回か祖母に会い、母の話をした。
何回か一人で家に行った。
一年ぶりにアウトドア義援隊のみなさんに会って
一緒に作業をした。

家のことで期限に合わせて決めることがあった。
遠ざけている問題を一旦引き寄せて
父ともめて、お互いに悲しみ、
傷にふれ合わないようにしながら
親戚を交えてご飯を食べたり、
父が作ったトマトをもらったりしている。

今年は遠ざけていた問題「継ぐ/継がない」
ことについて少しずつ考えなくてはならない。
二分した答えだけではないと思うが
時間に限りがある。


こうやって真っ白いテキストエディットに
向かっていても何も思い出せないが
バスや徒歩で移動しているときは
子どもの時のことや妹のことや母のこと
家のいろいろなことを思い出す。
思い出しては歩きながら泣いてしまっている。

自転車に乗ると考えることをやめてしまうので
何かを考えたいときはバスか電車か徒歩がいい。

私は家のことを思い出したくて歩いているかもしれない。


祖母が私に語り出すように
私はここに書き出している。
父はやっぱり話したくないようだ。
遺影も押し入れにしまっている。

私たちはそれぞれ孤立して孤独だ。


祖母には祖母だけの娘と孫がいて
父には父だけの妻と両親と子どもがいる。
それぞれ大事にしている記憶がある。

話せばあふれ出す感情がある。
普段はさわらないようにしている、
言葉にできないようなものが
こころの中に押しとどめられずに
あふれ出す。
こころの中にたまっていくことも
あふれ出ることも
くるしい。
溺れているようなものだ。

言葉にできないようなものを
話して目の前においておきたいと思う。
目の前において言葉になるまで
考えたい。

そうやって少しずつ、
なくなったことについてわかりたい。

水面に石を投げるようなことだが
人のようなものがいるようでいて
何もないところが向き合える場所に
なるかもしれないと思った。



2013年2月14日
川村智美

2013年2月13日水曜日

母の母と母の話/年末のこと























「裕子持って来た米は虫がついて捨てた」

祖母の家に行って挨拶をして一言二言近況報告をすると
いつも母の話が始まる。
大掃除を手伝おうと思って来たけれど
「掃除しねえで茶っこ飲め」
と言われる。

米の話をして
「何もかにも裕子が持って来た」
と言って止まった。

泣くかと思ったが思い直したようで
堰を切ったように話し始めた。


ひとの葬式でわかったって人
「裕子ちゃん死んだんだって」って言うんだよ
ひとに簡単に死んだって言うひとあるめぇ


あの頃は毎週のように葬式があった。
葬式が人と会う場所になっていた。
祖母のいる内陸の場所では、「ふつう」の葬式で
人づてに話された津波で死んだ話が葬式伝いに
誰かにたどりついて、祖母までまわってきたのだ。
人づての人づての話は
娘が死んだ、ということを平気で話される。

死は平気で話される。普段も。
でも津波は少し違う。


年をとったらまたハワイにもう一回いくんだって言ってた
裕子、本家嫌いで。死んでも行かないって言ってて先に逝ったなぁ
あいつ、晃弘も朱美も死んだってわかってたのがね
朱美は死んだっけそっくりだ。(川村の)おじいさんに

朱美生まれたとき、あそこの(川村の)家は堅いから
天麩羅揚げさせて蕎麦茹ででかせでから
病院行ったんだぞ


朱美は元旦生まれで、母はもう産まれるというときにでも
大晦日の嫁の務めをしなくてはならなかったようだった。


晃弘が生まれたとき朱美が泣いて離れなかったと
潤一さん(父)、一晩車走ってたと
(昔から)ががから離れなかったんだ
ついでっだんだっちゃ


祖母は泣きながら話す。私も泣きながら聞く。


「おら、ひとりで誰も語るひといねえんだぞ。
誰も話聞いてくれねえんだぞ」


ここは
三月のあの日、地震があって
ライフラインも止まっていて
でもまさか津波が大変なことになっていて
娘や孫が流されるなんて思ってもいなかった。
「大きく揺れて」でも、建物や家の中での被害はなくて
知らない間に大事な人が亡くなっていた。
目に見える喪失がなくて
まわりの感覚は海の近くより早く日常にもどった。

祖母はあの日何が起こっていたかわからなかった。
遺体安置所でみつけて
土葬をして
土から掘り出して
火葬をして
葬式をして
初盆を迎えて
でも感覚がつかめない。
つかめないけれど、この世からなくなってしまった。


地元の新聞紙は震災の連載をしている。
テレビはもう何も語らなくなっただろうか。
インターネットも携帯電話もない家だ。
手に取る情報は限りなく少ない。


淡々と過ぎゆく中で
祖母は一人で毎日ずっと、
じっとなくなったことをみつめて
誰にも話せないでいる。




2013年2月13日
川村智美